夫に抱かれぬまま妊娠した夜 / 第5話:逃避と運命の再会
夫に抱かれぬまま妊娠した夜

夫に抱かれぬまま妊娠した夜

著者: 山本 千尋


第5話:逃避と運命の再会

深夜。

尚人は帰ってこなかった。

だが、美紗から二枚目の写真が届いた。

枕元でしっかりと絡み合う手の写真。

その力強い手首にある時計を私は知っている。

尚人は私にはほとんど触れないのに、美紗とは我慢できず寝てしまうのか。

やっぱり“初恋”の存在は、今も彼の心を離さないんだろう。

私はパソコンを開いて離婚届を作成した。

何もいらない。

ただ、三浦家から無事に出られればそれでいい。

夜遅く、一人で車を走らせた。

実家には戻れない。

妊娠していること、それが尚人の子でないと知れたら、きっと親にも見放される。

両親は私がこの金のなる木にしがみつくことを期待していたのに、

私はなんて情けない娘なんだろう。

あてもなく車を走らせ、隣町の小さな町・桜ヶ丘にたどり着いた。

ひっそりと小さなクリニックでこの子を下ろすつもりだった。

クリニックの待合室には消毒液の匂いが漂い、壁には母子手帳のポスターが静かに貼られていた。静けさの中で、椅子のきしむ音だけが響く。

翌朝、検査が終わると、

医者は真剣な表情で言った。

「体質が弱いので、この子を下ろしたら今後の妊娠はかなり難しくなりますよ。」

私は呆然と立ち尽くした。

子供の頃から、自分の家庭を持つことを夢見ていた。

もう親に縛られず、愛する人と支え合って生きていく——そんな未来を。

でも、なぜこんなに難しいのだろう。

間違った結婚。

間違った子供。

ぼんやりとクリニックを出て、

まだ膨らんでいないお腹に手を当てた。

どうすればいいのか、本当に分からなかった。

借家に戻ると、すでに夕方だった。

桜ヶ丘の夜の商店街はほとんどのシャッターが閉まり、遠くで自転車のベルが微かに響く。古いアパートの階段は歩くたびにギシギシと軋み、地方都市の夜が静かに流れていた。

バイクが猛スピードでこちらに向かってきた。

避けきれず、誰かが私を引き寄せて守ってくれた。

顔を上げると、懐かしい顔があった。

「佐々木淳?海外に行ったんじゃ?」

「先週帰国したばかりだよ。どうしたんだ?顔色が悪いぞ。」

淳は大学時代の秀才だった。

教授たちに愛され、若くして奨学金を取り、大学院にも推薦され、順調に留学した。

妊娠のことは恥ずかしくて言えず、最近引っ越しで疲れているとごまかした。

淳は眉を上げて言った。

「ここに住んでるのか?奇遇だな。叔父さん一家もここにいるんだ。せっかく会ったし、一緒にご飯でもどう?」

「うん。」

彼の声は柔らかく、懐かしい響きだった。昔の自分に一瞬だけ戻ったような感覚が胸をよぎり、ほんの少し心が軽くなった。

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